水上勉

一、こんなものを手すさびにつくったから、何かの物入れにして下さい。 一、物入れにするのは勿体ない芸術品です。 二、山奥のくらしだから、こんなものを眺めて海を思い出して下さる日もございましょう。 二、なるほど若狭の海の光景がうかびます。 三、かなり口がひろがりすぎて、依頼主にわたすと何やかや文句をいわれるやもしれんので、あなたに送ります。くず入れにでもしてくれませんか。 三、くず入れなどもってのほかです。 四、魚籠というものは、もともと魚を入れるためにつくるものですが、仕上がってみると、形がはなはだおもしろく、魚を入れなくても、壁かけにして、花でも活けてもらうと楽しいです。どうか、お好きなようにお使い下さい。 四、花を活けるのはいいですね。中に竹筒を入れれば、たしかに壁かけになります。それがいちばん山の家にふさわしい。秋は花がいちめん。さっそく、野生のコスモスをとってきてつめこんてみたくなりました。 五、からっぽの魚籠はどこか淋しいですか、考えようによっては、物を入れなくても香しい風光かつまっています。本来無一物。中有風露天日(なかにふうろのかおりあり)といったところですか。 五、だが、最後の風露香もいいですね。たしかに、魚籠は魚を収穫した時の入れ物にちがいありませんが、魚が入っていなくても、風格があります。この風格は、魚龍独得のかたちにあります。水につけておけば、収穫の魚が生きておれるのですが、魚も水も入っていない入れ物はたしかに淋しさはあるとはいうものの、中に香しい空気がみちあふれています。  もはや、何を入れなくても、それ自体が香りの箱です。すばらしい容器をありかとう。